天地の日のひとりめし

2019.02.19-1-1朝:トースト(6枚切り×2枚)、半熟卵(2個)、プレーン・ヨーグルト、野菜ジュース、バナナ、みかん(2個)

今日は“天地の日”だそうである。

Wikipediaによると、“地動説を主張したニコラウス・コペルニクスの誕生日に由来”するものだそうである。

小学生の頃は、地動説を提唱したのはガリレオだ、と、思っていたが、ガリレオはコペルニクスの説が正しいことを主張したのだそうだ。

なお、“地動説(太陽中心説)確立の過程は、宗教家(キリスト教)に対する科学者の勇壮な闘争というモデルで語られることが多いが、これは19世紀以降に作られたストーリーであり、事実とは異なる”そうである。(Wikipediaより)

ちなみに、今日の夜から明日の未明にかけては、本年最大のスーパームーンが観測できるそうである。もちろん、晴れていれば、の、話だろうが。精確な時刻は、明日20日深夜0時54分頃だそうである。

コペルニクスの誕生日、“天地の日”に、本年最大のスーパームーンを観測させてくれるとは、天体もなかなか粋な演出をするものである。

お時間がおありの方は、ご覧になられてはいかがだろうか。わたいは床についているだろうが。

もっともそのことと、わたいの食卓に並ぶ献立とには、なんらの関連もない。

天が動こうが地が動こうが、月が最大に見えようが最小に見えようが、まったく一切関係のない、いたって凡俗な献立である。

2019.02.19-2-2昼(弁当):麦飯(海苔とたまごのふりかけ)、鶏肝の生姜煮、菠薐草と生椎茸と薄揚げの煮浸し

インフルエンザだのはしかだのの感染拡大に警戒感が拡がっている昨今、滋養強壮、栄養補給に、と、鶏肝の生姜煮を料理ったのだが、なにをどう間違ったのか、腎臓が破壊されるんじゃないか、と、思うほど、強烈に鹹かった。これでは滋養強壮、栄養補給どころの話ではない。

醤油を入れ過ぎたのだろうが、それとも思ったより煮つめすぎたのだろうか。まさか、砂糖と塩を入れ間違えたのではあるまい。

菠薐草と生椎茸と薄揚げの煮浸しは、上手くいった。こちらは少々甘いくらいである。これはやはり、菠薐草の旬の甘み、と、云うやつだろう。菠薐草も一年中食べられるようになったが、やはり旬のものは、文字どおり、ひと味違う、のである。

2019.02.19-3-1晩:玉子麦飯、粕汁(鮭、鰯のつみれ、焼麩、大根、人参、白菜、白葱、生椎茸、蒟蒻、ニラ、もやし、貝割、薄揚げ)、菜の花のからし和え、冷奴、納豆、味付海苔

今週は暖かくなるらしいから、粕汁はどうかな? とも思ったのだが、あまり深く考えずに、半分惰性で料理ることにした。

なにしろ、一汁三菜を目標としてはいるのだが、冬場はこの粕汁が一汁でありかつ一菜(主菜)であるのだから、なかなかこの献立を抜かすわけにはいかないのである。

昼の弁当のお菜にした鶏肝の生姜煮もそうだったが、菜の花のからし和えも辛くなってしまった。こちらはどうやら、菜の花自体を、いつもより少なめに購入したのに、味付けをいつもどおりにしてしまったことに起因しているようである。

ちなみに、以前にも記したかもしれないが、味付けは、缶入りのからし粉と顆粒のあごだしと薄口醤油を混ぜたもので、これに、ざっと湯掻いて粗熱を除った菜の花を和えるのである。旬の菜の花の野生の苦味と、からし粉の辛味が巧く合わさって、絶妙の味わいを醸し出すのである……いつもならば。

エアメールの日のひとりめし

2019.02.18-2-1昼(弁当):麦飯(海苔とさけのふりかけ)、鶏肝の生姜煮、菜の花のからし和え

今日は“エアメールの日”だそうである。

「今日は何の日~毎日が記念日~」と云うWebsiteによると、“

1911年のこの日、インドで、飛行機によって初めて郵便物が運ばれた”ことにちなんで制定されたのだそうである。“アラハバードで開かれていた博覧会のアトラクションとして、会場から8km離れたナイニジャンクション駅まで6000通の手紙が運ばれ”、“ナイニジャンクション駅からは普通に列車で運ばれた”のだそうである。

インターネットの普及にともなって、エアメールも使われなくなったんじゃないか、と、思われるが、詳しいことは解らない。

なにしろわたい個人としては、エアメールのやりとりをする海外の知り合いなどいないのだから、無理もなかろう。

もっともそのことと、わたいの弁当の中味とには、なんらの関連もない。

海外の知り合いがいようがいまいが、エアメールであろうが電子メールであろうが、一切無関係の、いつもながらの献立である。

2019.02.18-3-2晩:玉子麦飯、自己流飛脚玉、かきのフライ(5個)、菠薐草と生椎茸と薄揚げの煮浸し、冷奴、納豆、味付海苔

今日の晩食は手抜きである。以前にも記したが、飛脚玉、とは、むかし忍者が使っていた、携帯用の簡易味噌汁である。

とろろ昆布をひろげ、そこに、味噌、梅肉、小口切りした葱をのせる。

とろろ昆布を包んだら出来上がり、と、云うのが、わたいが知った飛脚玉の料理り方である。

わたいの場合、持ち運ぶ必要はないので、器に味噌、あごだし(顆粒)、鰹節、乾燥わかめ、とろろ昆布などを入れ、お湯を注いで出来上がり、と、なる。沖縄のかちゅー湯と云う料理(?)、と、云った方が、近いかも知れない。

かきのフライは近所のスーパーで買ってきた。先日近所のスーパーで見かけて、久しぶりに食べたくなったのである。近所のスーパーは、なかなか好い惣菜が売ってあるので、面倒くさいときなどは重宝である。

針供養の日のひとりめし

2019.02.08-1-1朝:トースト(6枚切り×2枚)、半熟卵(2個)、プレーン・ヨーグルト、野菜ジュース、バナナ(2本)、みかん(2個)

今日は“針供養の日”である。

Wikipediaによると、“折れた針を豆腐やこんにゃくに刺して供養し、裁縫の上達を願う行事”とあるが、たいていの日本人なら、このことはご存知だろうと思う。

と、記してから思ったのだが、今日び“たいていの日本人”は、針仕事など、しないのではないだろうか。なお、ここで云う“針仕事”とは、鍼灸師や衣類の仕立工場での仕事などの意味ではない。家庭内で行うボタン付けや衣服の繕い、つぎあて、穴かがりなどの裁縫のことである。

こう記していまさらながらに思うのが、今日びの家庭では“針仕事”などはしないのではないだろうか、と、云うことである。パッチワークや和裁洋裁など、いわゆる手芸をしている人はいるにしても、それらは“趣味”であり、”針仕事”ではなかろう。そう云えば、ミシンを使っている、などと云うことも聞かなくなった。

昭和のTVドラマなどでは、炊事、食事、洗濯、裁縫などの場面が、家庭の雰囲気を表現する手段として、用いられていたものなのだが……。

やはり、昭和も遠くなりにけり、なのだろう。

もっともそのことと、わたいの食卓に並ぶ献立とには、なんらの関連もない。
裁縫とも手芸とも昭和の生活とも、まったく関係のない、いたって不器用な献立である。

2019.02.08-2-2昼(弁当):麦飯(茄子のからし漬け)、甲子園弁当、菜の花のからし和え

一時は、どうなるか、と、危惧していたが、見事に(?)お菜を消費することが出来た。余ることなく、足りぬことなく、キッチリ消費しきった。なかなかに気分の好いものである。

甲子園弁当の味付けも上手くいき、菜の花のからし和えも味付けが固定できるようになってきた。

そんなわけで、来週の献立であるが、今週が(豚コレラに罹患していない)豚肉だったので、来週は、鶏肉か魚肉にしよう、と、考えている。どちらにするかは、買物に行ったときの気分次第、で、ある。

それにしても我ながらリッパになったなぁ、と、思うのは、以前ならば、献立を確定してからでないと、買物ができなかった。店先で食料品を見ただけでは、自分に調理できるかどうか、どんな献立が料理れるのか、判断がつかなかったのである。それがいまでは、大まかな献立を考えておけば、食材と売値次第で、臨機応変に、当初の予定を変じて過たぬようになったのである。その成果が来週の献立にどう活かせるか、我が秘かなる愉しみである。

さて、明日から3連休であるが、例年に比べて温暖だった今週と違い、また冷え込みがお戻りになられるそうである。

みなさまがたには、体調管理にご留意くだされて、愉しい3連休をお過ごしになられますように!

それではまた来週、元気にお会いいたしましょう(^_^)/

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