ろ~りぃの食卓

二十代の初め頃、「キャベツの千切りって、どうやるんだ?」と、訊いて呆れられ、みそ汁を料理るときに、具材よりも先に味噌を入れて蔑笑われた男でも、これぐらいの料理ならできる! と、云う、見本です。 料理が下手と云われて落ち込んであるあなた! 自分は料理なんてできないんだ、と、諦めてるあなた! このブログで自信をつけてください! わたいができることならば、だれでもできる! あなたにだって、きっとできる!

2020年10月

香りの記念日の日のひとりめし

2020.10.30-1-1朝:トースト(6枚切り×1枚)、半熟卵(2個)、チェダー・チーズ、プレーン・ヨーグルト、野菜ジュース、バナナ

今日は〝香りの記念日〟なのだそうである。
Wikipediaによると、〝1992年
のこの日、石川県七尾市で第7回国民文化祭「世界香りのフェアIN能登」が開催され、それを記念し制定され〟たのだそうである。
日本は国土が狭隘で生産力が低いわりには人口が多く――生産力が低いからこそ人力に頼らざるを得ず、したがって、人口も多くならざるを得ないのだが――、ために〝遊び〟を罪悪視する傾向が続いた。精確に云えば、現在も続いている。〝遊び〟は〝仕事〟すなわち〝生産労働〟の真逆であり、遊びに時間と労力を割かれると、その分〝仕事〟すなわち生産労働に消費すべき時間と労力が減退する、と、云うわけである。現在でもなおその傾向があり、〝遊び〟は〝仕事〟の効率を高めるための一手段である、と、見做す傾向が強い。ビンボたらしいことである。
しかし反面、勤勉で精励で禁欲を尊ぶ気風が形成される。で、あるから、本来の〝遊び〟も、〝芸〟だの、〝道〟だの、たいそうなことを抜か……云って、それをなにやら有り難いものに祭り上げる。
字を書けば書道、花を愛でれば華道、茶を味わえば茶道、格闘や殴り合いでさえ、柔道、剣道などと、〝道〟をつけたがる。で、その〝道〟を極めた人を、〝極道〟と、称するのであろう。
香りを愉しむことさえ、香道などと云う。なんでも〝道〟である。
そのくせ、シャネルだかなんだか知らないが、臭い水をふりかけて得意がっている輩がいる。獣肉ばかり喰らって、身体が獣の臭いに満ち満ちている欧米人ならいざ知らず、野菜を中心とした清らかな食生活を営んでいる、本来の日本人には、香水など無用のものである。
ニラやキムチを常食としている人たちの体臭を好い匂いとは思わないが、だからと云って、獣肉食人種の体臭や、それを消すためのより強烈な臭いをありがたがる気もしない。
中国人や韓国人の体臭を嫌悪しながら、欧米人種のそれはなんとも思わない鼻感覚は、わたいに云わせれば、狂っている、としか、云いようがない。いや、狂っているのは、鼻感覚ではなく、脳神経のほうかもしれない。

2020.10.30-2-2昼(弁当):
麦飯(しょうゆ豆)、揚げない鶏のフライ、小松菜のわさび和え、6種野菜の酢漬け

料理りすぎた、と、思ったが、意外とそうでもなかったようだ。
小松菜のわさび和えはなくなった。6種野菜の酢漬けも、あと1食分である。揚げない鶏のフライでさえ、3食分しか残っていない。意外と食べているものである。
それにしても、揚げない鶏のフライは、瓢箪から駒、と、云うか、怪我の功名、と、云うか、思いもしない収穫だった。今度はチーズと大葉を加えて、揚げない鶏のチーズ大葉巻きフライにしてもいいかも知れない。あるいは鰯のように、梅しそフライにすると云う手もある。ひとつ献立をおぼえると、つぎつぎにバリエーションが増えるのはありがたいことである。調子に乗っている、と、評す向きもあるかもしれないが、こう云う調子への乗りかたなら、わたいは大歓迎である。
哲やんに聞いたところによると、『共産党宣言』や『フォイエルバッハ論』を読んだだけで、いっぱしのマルクス主義者気取りになっているならまだしも、ろくにマルクスの著作も読まず、マルクスのことに関して書かれた本だけを読んで、ひとかどの進歩人を鼻にかけている連中が少なくないそうである。もちろん、そんなこと、信じはしない。哲やん一流のジョークであろう。
もっとも、Macにいわせると、ろくに『日本二千六百年史』も読まずに、保守だの右翼だのを気どってる連中がいるそうである。いくら連中が脳内お花畑とは云え、そこまでオメデタくはあるまい。
マルクスを読まないマルクス主義者、北一輝や大川周明博士を読まない保守、まるで料理を料理らないコックではないか。

ホームビデオ記念日の日のひとりめし

2020.10.29-1-2朝:トースト(6枚切り×1枚)、半熟卵(2個)、チェダー・チーズ、プレーン・ヨーグルト、野菜ジュース、バナナ

今日は〝ホームビデオ記念日の日〟なのだそうである。
Wikipediaによると、〝1969年
10月29日に、ソニーと松下電器が家庭用ビデオテープレコーダ(U規格)の開発を発表したことに由来〟するのだそうである。
今日び、ビデオテープもビデオテープレコーダも、お目にかかることはなくなった。当時は観たい番組が後日観られる、観たいテレビ番組が観たいときに観られる、と、云うことで、各家庭とも、争って購入したものである。これはひとつの文化史上の革命とも云うべき出来事だった。ラジオ、テレビ、カラーテレビ、に、次ぐ、画期を成す出来事だった。
現在でも当時録画したビデオテープを大事に保管している方もいらっしゃることだろう。
ちなみに我が家に初めてビデオテープレコーダがやってきたのは、わたいの高校入学時のことである。入学祝いに両親が買ってくれたわけではない。そんな甘っちょろい両親でも、そんな甘っちょろい時代でもなかった。わたいがそれまで貯めていたお年玉や小遣いをはたいて買ったのである。理由は簡単で、当時熱中していた『刑事コロンボ』の放送が高校受験の前日に当っており、観ることができなかったのである。その悔しい思いが我が家にビデオテープレコーダをもたらしたわけだが、そのときの番組が、「野望の果て」であったことは、いまでも憶えている。
また、はじめて録画したのが、映画『禁じられた遊び』であることも記憶している。
いかに当時のわたいが悔しがり、かつ感激したか、よく解っていただけるであろう。

2020.10.29-2-2昼(弁当):麦飯(しょうゆ豆)、揚げない鶏のフライ、小松菜のわさび和え、6種野菜の酢漬け

思えば先週から、鶏肉尽しである。いっきょに1kgずつ買ったのだから、無理もない。いつもは駅前商店街のなかにあるお店で買うのだが、今回はめずらしく、近所のスーパーで買った。去る23日(金)、24日(土)、25日(日)の三日間、感謝セールと云うことで、鶏むね肉が40円/100g(税抜)だったのである。駅前商店街のお店が、48円/100g(税抜)だったのだから、いかに廉売していたかが分かるだろう。そんなわけでつい、買い過ぎてしまったのである。しかし、揚げないとり天のつもりが、揚げない鶏のフライになったとは云え、これはこれで、わたいの鉱物のひとつなので、いっこうに苦しゅうない。苦しゅうない、どころか、上手く料理れたので、万々歳、で、ある。
味もしっかりついているし、云うことはない。ただ欲を云えば、ちょっとカリカリ感が足りないようだ。冷蔵保存して、朝電子レンジで温め直しているのだから、やむを得ないと云えば、やむを得ないのだが。
6種野菜の酢漬けも、好い具合に味が出ている。砂糖と酢とオリーヴ・オイルに、野菜の旨味がほどよく混ざり合って、ナカナカに美味である。かぼちゃの値段が下がらなかったら、当分これでいけるかもしれない。栄養分は抜群なのだから。

2020.10.29-3-1晩:玉子麦飯(しょうゆ豆)、即席みそ汁(長ねぎ、とろろ昆布)、揚げない鶏のフライ、小松菜のわさび和え、6種野菜の酢漬け、絹奴、納豆、味付海苔

そんなわけで、昼の弁当と晩食と、献立が重複するのはやむを得ない。野菜はいくら摂取しても摂取しすぎ、と、云うことはない。とりわけ主菜が揚げない、とは銘うっているものの、フライである以上、油分は多い。ただむね肉を使用しているので、いわゆる「脂」ではなく、「油」であるのが、救いである。
しょうゆ豆も定番になりつつある。これは某ネット通販で購入しているものであるが、その宣伝文句を信じれば、本場香川県の讃岐しょうゆ豆なのだそうである。販売店も、もちろん、香川県のお店である。豆類は良質のたんぱく質のみならず、マグネシウムも豊富に含んでいる。マグネシウムは、カルシウムとともに、心臓を順調に作動させるために欠かすことのできない重要な栄養素である。どっちがどっちだか忘れたが、どっちがが心臓の収縮に作用し、別の一方が拡張に作用するのだそうである。生きていく上で必須の栄養素と云えるであろう。いくら骨格が筋肉が血液が、と、云っても、心臓が正常に働かなくては、なんにもならない。

おだしの日のひとりめし

2020.10.28-1-2朝:トースト(6枚切り×1枚)、半熟卵(2個)、チェダー・チーズ、プレーン・ヨーグルト、野菜ジュース、バナナ

今日は〝おだしの日〟なのだそうである。
Wikipediaによると、〝おだしの素材となる、鰹節の製法「燻乾カビ付け製法」を考案した和歌山県日高郡印南町の漁民、2代目角屋甚太郎が、1707年のこの日に発生した宝永地震で亡くなったことから、株式会社太鼓亭が2016年に制定〟したのだそうである。
だしは和食に欠かせない味付けであり、鰹節は昆布、じゃこと並ぶ、だしの素、で、ある。和食の唯一の欠点とも云うべきは、ややともすると、その味付けに、塩と砂糖が多量になりがちなところにある。それを回避するには、だしをしっかりとって、だしの旨味を存分に利用するにある。
わたいは煮物や汁物を料理る際には、だし昆布とだしじゃこを使用する。だし昆布のグルタミンサンが、うまみ成分であり、このうまみ成分を抽出し、あるいは化学製法によって合成したのが、いわゆる味の素であることは、既にご存知のことであろう。
それはそれで画期をなす発見発明であり、その功を否定する気は毛頭ないのだが、しかし化学調味料よりも、自然の調味料のほうが健康上よろしいことは、だれしも否定できるものではあるまい。
もっとも最近では、その自然の調味料たるべき、塩や醤油、味噌、だし昆布、だしじゃこなども、より旨味が出るように、またより大量に生産できるように、化学上の作用が施されているとも聞く。嘆かわしいことであるが、これも現代人の宿命であろう。せめて、より自然のものに近いものを使用したいものである。

2020.10.28-2-1昼(弁当):
麦飯(しょうゆ豆)、揚げない鶏のフライ、小松菜のわさび和え、6種野菜の酢漬け

とり天、すなわち鶏肉の天ぷらを料理ろうと思って、なにをどう間違ったか、鶏肉のフライを料理ってしまった。どうりで見た目がエライちがっていたわけである。それにしても、そのことに、昼まで気づかなかったのだから、わたいもよほどどうかしている。
しかし出来上がりは上々で、なによりしっかり味がついており、ソースをかける必要がないくらいだった。
味付けは、揚げない鶏の唐揚げとおなじである。すなわち、酒、薄口醤油、チューヴのにんにく、チューヴの生姜、塩コショウ、で、ある。これを一口大に切った鶏肉に揉みこんで、冷蔵庫で一晩置くのである。
鶏肉はむね肉を使い、これをそぎ切りにする。唐揚げと違うのは、茶漉しで小麦粉をまぶしたのち、溶き卵に潜らせて、パン粉をつけるくらいである。
揚げ方も同じで、オリーヴ・オイルを使用する。最近は、温度表示機能のあるガス・コンロがあるそうだが、わたいの宅のガス・コンロは、そんな気の利いたものではない。フライパンに入れて強火で温め、うっすらと白煙が漂ってきたら、揚げどきである。後は適宜、火力を調整しながら、揚げ焼きに揚げていく。それでも、〝揚げない〟鶏のフライ、で、ある。

2020.10.28-3-2晩:
玉子麦飯(しょうゆ豆)、即席みそ汁(油揚げ、とろろ昆布)、揚げない鶏のフライ、小松菜のわさび和え、6種野菜の酢漬け、絹奴、納豆、味付海苔

揚げない鶏のフライと6種野菜の酢漬けの取り合わせが、我ながら絶妙である。いくらオリーヴ・オイルを使用しているとは云え、また、いくら〝揚げない〟と、謳っているとは云え、やはり多量の油を使用していることには変わりない。それが酢漬け野菜のおかげで、さっぱりするのである。小松菜のわさび和えが、同様の効果をもたらしていることは云うまでもない。野菜も7種、摂取していることになる。
昼の弁当の項にも記したが、揚げない鶏のフライは、鶏むね肉を使っている。味わいから云えば、もも肉のほうがいいのだろうが、むね肉のほうが淡白で、あっさりしている。しかも栄養価の面からすれば、むね肉のほうが、低カロリー高タンパクで健康によろしい。なにより切りやすいので、調理しやすい。わたいの場合、栄養と料理り易さが重要な素因なのである。
唐揚げよりはフライのほうが、パン粉をつけるだけ手間がかかる。しかし今回料理ってみて、そして食してみて、なるほど、手間はかかるが、かけただけのことはある、と、再認識した。これならば、また料理ろうと云う気になる。下手すると、唐揚げより、こっちのほうが、お気に入りになるかもしれない。それはそれで、好ましいことではある。

文字・活字文化の日のひとりめし

2020.10.27-1-1朝:トースト(6枚切り×1枚)、半熟卵(2個)、チェダー・チーズ、プレーン・ヨーグルト、野菜ジュース、バナナ

今日は〝文字・活字文化の日〟なのだそうである。
Wikipediaによると、〝2
005年7月29日公布・施行の「文字・活字文化振興法」(平成17年7月29日法律第91号)によって制定された〟もので、〝文字・活字文化への理解や関心を国民の間に広めることを目的とする〟と、云うことだそうである。
わざわざ法律で定めなければならない時点で終わっている、と、思うのは、わたいだけではあるまい。
もっとも、いわゆる文字・活字文化の精髄を、国家レベルで守り、発展させていこう、と、云うのならば、これは大賛成である。
別段、国が行政措置として行う必要はない。委員会でも審議会でも設立して、利害得失から独立し、日本が世界に誇り得るとみなされた作品――小説やエッセイにかぎらず、新聞記事や雑誌のインタビューなどもふくめて――を保存保管するようにすればよい。昨今話題になっているナンタラ会議みたいに、政府のお墨付きをもらう必要はない。むしろ選定した作品を、国家の責任において、修復、再現、保存、保管する義務を、国家に課する――すくなくとも勧告するようにする。せっかく法律をつくったのなら、そこまでしてもよかろう。
ただし、行動主体は、あくまで国民である。我が国はなにかと云うと、政府がやれ、政府がやれ、と、云うが、国民が自分たちのことを、自分たちのために、自分たちでやって、悪いことはあるまい。むしろそれが、民主主義の根幹であると思うのであるが、いかがだろうか?

2020.10.27-2-2昼(弁当):
麦飯(しょうゆ豆)、揚げない鶏の唐揚げ、小松菜のわさび和え、6種野菜の酢漬け

6種野菜の酢漬けは、キャベツ、白菜、白葱、玉葱、人参、もやし、である。これを、酢、砂糖、オリーヴ・オイルを混ぜたもので和える。これも、いわゆるひとつの、マリネ、と、云うのだろうか。それとも、ピクルス、だろうか。どちらにしても、わたいはたんに、酢漬け、と、称する。横文字はあまり好きくない。
これに小松菜のわさび和えが合わさって、7種の野菜の摂取が可能となった。めでたし、めでたし、で、ある。人参以外は、単色野菜なのが残念であるが、贅沢は云っていられない。なにより野菜を摂取することである。慣れてきたら、かぼちゃを入れてもよかろう。大根や貝割もよし、で、ある。こうしてくると、これだけでけっこう、栄養が摂れるものである。我ながら重宝な献立を思いついたものである。
しょうゆ豆が亡くなったので、新たに註文した。400g×2袋、で、ある。これで1ヶ月は保つであろう。すくなくとも、2ヶ月=3袋くらいの割りで推移するものと思われる。どれくらいのペースで消費するか、当分様子を見るつもりである。昼2粒、晩7粒が定量になりつつある。豆類も積極に摂取すべきである。

2020.10.27-3-1晩:玉子麦飯(しょうゆ豆)、即席みそ汁(豆腐、とろろ昆布)、揚げない鶏の唐揚げ、小松菜のわさび和え、6種野菜の酢漬け、絹奴、納豆、味付海苔

どうもここのところ、木綿のミニ豆腐がなくて困る。いや、ないことはないのだが、98円(税抜)なのである。絹ごしのミニ豆腐は、88円(税抜)である。毎日のことなので、10円の差は大きい。もっとも、3個/組なので、正確には3と1/3円(税抜)なのではあるが……こ~ゆ~のを、貧乏性、と、云うのだろう。
落語の「始末の極意」では、梅干を睨んで口中に唾を湧かし、それでご飯を食べる、と、云う噺が出てくるが、いくらわたいでも、そこまではいかない。まだまだ未熟者、で、ある。もっとも、達人を目指しているわけではないが。
それはともかく、今晩食で、先週分の残りがなくなった。我ながら、どんだけ料理るねん、と、思わないでもない。なにしろ、鶏むね肉を1kg近く(以上?)買ってきたのだから、当然と云えば、当然かもしれない。
しかし今週は、それどころではなくなった。来週は主菜の食材を買わなくてもいいこと、すでに確実である。問題は、来週まで保つかどうかである。できるだけ保たす工夫はしているものの、こればっかりは、限度、と、云うものがある。毎日家計簿をつけ、買ってきた食材の数量を記録しているにもかかわらず、この体たらくである。困ったものである。
さて、その今週の献立は? 明日のお楽しみ、と、しておこう。明日の「ろ~りぃの食卓」も、よろしく(^_^)/

モルの日のひとりめし

2020.10.23-1-2朝:トースト(6枚切り×1枚)、半熟卵(2個)、チェダー・チーズ、プレーン・ヨーグルト、野菜ジュース、バナナ

今日は〝モルの日〟なのだそうである。
Wikipediaによると、〝1モルは6.02×1023個(アボガドロ定数)の粒子からなる物質の物質量と定義されていることから、この数字を6:02 10/23に当てはめ、主として北米の化学者たちが「モル」を記念する日(午前6時2分から午後6時2分まで)として祝っている〟のだそうである。〝同じ理由により、日本化学会、化学工業会、新化学技術推進協会、日本化学工業協会の4団体はこの日を「化学の日」、10月23日を含む月曜から日曜までの一週間を「化学週間」と制定した〟とのことである。
わたいも高校時代は理系クラスに属しており、化学の授業で、この、モルなるものを習った記憶がある。
習った記憶はあるし、モルなる言葉も憶えているが、いったいそれがなにを示していたのかは、まるで記憶にない。まして、実生活で活用した記憶などはさらにない。大抵の勉強など、そんなものだろう。
だからと云って、勉強しないでいい、と、云うことにはならないのは、もちろんである。モルでも知っていれば、日常のものの見方が、いまとは少し違っていたかもしれない。いわゆる、本当の意味での、別の角度からのものの見方ができていたかもしれない。
通常一般世間の人は、或る見解に反対の見解を対置したり、揚げ足を取ったり、難癖をつけたり、重箱の隅をつつくような欠点弱点を探しだしたりすることをもって、別の角度からものをみる、と、称しているようであるが、それはただ、知性の貧困を示しているだけである。みずからの知性の貧困を自ら露呈しながら、なにか秀れたことを云っている、と、カン違いしているご連中が、この国には多すぎるが、ご当人はナカナカ、おトクイのようである。知らぬが仏、とは、よく云ったものである。

2020.10.23-2-2昼(弁当):麦飯(しょうゆ豆)、真さばの酢漬け、小松菜のわさび和え、かぼちゃの煮物

揚げない鶏の唐揚げと菠薐草のお浸しが残ったが、後は順調に消化できた。かぼちゃの煮物が料理りすぎたかな、と、思ったが、きっちりなくなった。慶賀である。
揚げない鶏の唐揚げはもう数日保つであろうし、菠薐草のお浸しは冷凍保存が利く。揚げない鶏の唐揚げも、冷凍保存は利くのだが、いかんせん、冷凍室が一杯である。今度冷蔵庫を買うときは、冷凍室の大きなのを買うべきであろう。
そう云えば、そろそろ冷蔵庫も買い替えどきである。当節20年も使えば、立派に減価償却は出来ているであろう。問題は買い替えるタイミングである。貧乏性のせいか、故障もしていないのに、買い替える気になれない。かと云って、故障してからでは遅すぎる。悩ましいところである。
最近ではミニマムナントカとか云って、出来るだけものを所有しない生き方が流行っているのだそうだ。極端な人になると、冷蔵庫や洗濯機すら所有しないで生活している、と、云う。大したものである。感心はするが、わたいにそのような生活ができようとは思えないし、真似しようとは思わない。もっとも、徒に不要なものが多いことは自覚している。それは処分しなければなるまい。断捨離、などと大げさな物言いをするつもりはないが……。
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